湯どうふ

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日本語の勉強をしています。

『さよならテレビ』をみた

『さよならテレビ』をみた

 名古屋のテレビ局、東海テレビが自社の内部の様子を暴露するという形をとったドキュメンタリーである。もともとはテレビドキュメンタリーとして放送されたが、この度、素材を追加して、映画化された。

扱う題材は2019年にHTBで放送された地域ドラマ『チャンネルはそのまま!』と類似している。HTB東海テレビもそれぞれ北海道地方と中京圏を代表するテレビ局である。テレビ局の規模も類似しており、それぞれが似たような問題点を共有している。

 「テレビ」が「テレビ」でなくなった

かつて昭和の時代、テレビは神聖なものであった。平成のテレビは昭和の間に築いた栄光を引きずることで、その栄光を保った。インターネットが登場してしばらくしても、テレビの栄光は保たれた。21世紀に入ってしばらくまでの時代はテレビの最後の黄金期であろう。その後、テレビがメディアの王座から転落したのは早かった。

テレビの時代が終わったと言われたのはすでに十年以上前の話。今やテレビに特別な感じ、神聖な感じはない。かつて、フジテレビの『とんねるずの皆さんのおかげです』の演出は斬新だった。視聴者はかつては画面に決して出てくることのなかった、番組スタッフの存在を知った。視聴者はテレビの裏側を意識するようになった。番組制作においてADさんは大変だということは、テレビを見る多くの人は知っている。かつては、VTRを編集することを意味する「カットする」という表現をテレビの中で聞くことはなかった。しかし、今や、「カットする」は多くの日本人が使う一般的な言葉になってしまった。そして、この数年の間に『チャンネルはそのまま』と『さよならテレビ』である。テレビが最後まで隠していたところが世間一般に明かされてしまった。この瞬間、かすかに残っていたテレビの神聖性は消え去った。

 登場人物

主な登場人物は以下の3人である。3つの物語が同時に進行していく。3人とも自分自身のこと、テレビ・報道の未来について悩んでいる。

  • 澤村さん:有期契約の記者。
  • 渡邉さん:派遣社員の記者。一年で雇用
  • 福島さん:アナウンサー。

新聞とNHKとの対立

映画の中で澤村さんも言及していたが、日本の報道の世界では「他社に先駆けて報道するかどうか」、つまり、特ダネ主義が蔓延している。ある意味で、研究と同じである。誰よりも先に発見したほうがよい。特ダネという点において、テレビと新聞の大きな違いは機動力である。新聞は人間一人さえいれば、取材もできるし記事も書ける。しかし、テレビ局の場合は、映像を作らなければならない。何か取材対象があるとすると、記者に加えてカメラマン、音声技師も同行する。取材で得た映像素材はニュースで使えるように編集される。記者が書いた原稿は校正された上に、アナウンサーが読んで視聴者のもとに届く。地方の報道の現場において、新聞に敵うのはNHKだけだろう。潤沢な予算と豊富な人的資本を有するNHKくらいでなければ、新聞には敵わない。となると、東海テレビのような地方局が特ダネ主義に基づいて、新聞・NHKに勝とうとするのはそもそもが無理な話である。

それでも特ダネ主義にこだわるのは、視聴者からすると無駄な努力のように思える。どうせ、特ダネを出したとしても、他の媒体に先んじて、ニュースを独占できるのはほんのわずかな間である。そのわずかな優位のために、多くの資源を消費するのは無駄である。

地方のテレビ局が生き残る道があるとすれば、それは多様な報道を視聴者に提供することである。各局横並びのニュースを視聴者は求めていない。視聴者には潜在的に多様な興味がある。老若男女が飛びつくような、ニュース素材が存在すると考えることは無意味である。他局とは違う独自性のあるニュースの切り口が必要である。映画の中でも澤村さんが特ダネ主義ではなく、調査報道のような独自性のある報道を行うことの必要性を指摘していた。

 正規雇用が支えるテレビ

映画ではテレビ局の中の、正規雇用と非正規雇用の問題を描く。今のテレビ局は非正規雇用によって支えられている。非正規雇用の従業員は企業を存続させるための調整弁として機能しているのだろう。映画の中で描かれている内容から判断する限り、正規雇用と非正規雇用の間の関係はもちろん対等ではない。しかし、それでも報道に携わりたいという夢、テレビで働きたいという夢によって、非正規雇用が補えているのだと思う。上記の通り、テレビの神聖性は失われている。今後、テレビに対する純粋なあこがれからテレビ業界を志望する人間を確保することは困難である。しかし、テレビ局の労働形態は旧態依然としている。人手不足の現代社会において、テレビ局の就労形態を「近代化」しない限りは、伝統芸能的なテレビの労働は続かない。そして、この非正規雇用の不都合を報道できないという矛盾が今のテレビの姿である。自己批判ができない。

今の日本には、正規雇用がいい思いをする一方で、非正規雇用は割りに合わない思いをしているという考えが充満している。「上級国民」なんて言葉が流行るのもその一例であろう。テレビ局も例外ではない。澤村さんが番組制作者に対して「テレビ局の社員は給料が高い」という指摘があった。番組制作者はこの点について口ごもった(演出上では)。実際、テレビ局の写真の給料は他の業界と比較しても高い。長時間労働が蔓延しているという点を抜きにしてでもある。テレビの矛盾しているところの一つがこの点である。他の大手紙の記者と同様に、高給取りなのである。「報道の役割は弱者の声を拾い上げることだ」とは表向きは言っていても、「高給取りに弱者の気持ちの何がわかる!」と言われてしまえば、返す言葉はないと思う。テレビ局の中において、雇用形態の矛盾を含んでおり、矛盾がそのままに維持されているのだから。

 渡邉さんに対する演出

渡邉さんのキャラクターを強調する演出がみられたところである。渡邉さんはアイドルが好きである。渡邊さんの日常に制作陣が密着したとき、自宅の様子(アイドルのグッズがたくさんある)や趣味活動の様子(アイドルのコンサートに行ったり、握手をしたりする)が強調して描かれていた。私が映画の中で感じた印象は、いわゆるオタク趣味を偏見的に描いているなということだった。私はテレビとはステレオタイプを増強して対象を描写するメディアであると思っている。なぜなら、番組の時間は決まっており、紙媒体と異なり、番組中に盛り込める、言葉による情報は極めて限られるからである。言葉による情報の密度が少ない分、映像で対象を描かなければならない。そうなると、もともと視聴者の間で事前知識として共有されているステレオタイプを利用して、視聴者が対象に対して抱きうる、ステレオタイプを強調するという手法が、テレビではよく取られる。私はもともと、このような表現手法が嫌いである。私以外の多くの視聴者もこのことについて、言語化しないまでも同じような感想を持っていることだろう。ステレオタイプを強調するというテレビの表現の特徴が、「テレビは捏造する」とか「テレビは嘘っぽい」というテレビ批判につながっているような気がしてならない。もれなく、この映画も同様な印象を視聴者に持たせているとしたら、「さよならテレビ」もまた「テレビ」なのであり「テレビ」の枠組みから逃れられないのである。

MATLABで入れ子関数を作る

MATLABで最適化計算を行いたいとき、最適化ソルバーの目的変数に定数としてのパラメータを受け渡したい。そのとき、以下のような入れ子関数を目的変数として使用する。入れ子関数としての目的変数の例:

function f = makeobj(a,b,c)
f = @obj;
    function [fx] = ...
            obj(x)
        fx = a * x^2 + b * x + c;
    end
end

入れ子関数としての目的変数を使用した最適化計算の例:

a = 1;
b = 1;
c = 1;
x0 = 6;
loss = makeobj(a, b, c);
[xopt, fopt] = fmincon(loss, x0)

香港でノイズキャンセリングヘッドホンを買う

要約

  • 旺角駅近くのソニーストアでノイズキャンセリングヘッドホンを買った。
  • 通常価格2890HKDのところ、特別価格2690HKDで買えた。
  • 効果は絶大。でも、1時間以上つけていると頭が痛くなるので、適度に休む必要。

 

大都会香港は騒音あふれる街である。広東語がわからない私にとっては、耳に入ってくる言葉はなんら意味をなさず、ただの音でしかない。なんて騒がしいところなんだと思って、これまで生活してきたが、住み始めてしばらくして、ストレスに由来する体調不良が続くようになった。このままだと不必要なストレスのために、本来するべき仕事に取り組めない。療養するために香港に来たのではない。そこで、身の回りのストレス源を一つ一つ減らしていこうと思いついた。まずは聴覚をストレスから解放するため、ノイズキャンセリングヘッドホンを買うことを決意した。

Neisan road 沿いにある旺角駅近くのソニーストアに行った。買うべきものは決まっている。SONYのWH-1000XM3である。購入の決め手はノイズキャンセリング性能である。ただひたすらに騒音から解放されることを願っていた。音楽を日常的に聞く習慣はないので音質はどうでもよかった。あと、日本のメーカーなので、日本人の頭の形にあったヘッドホンを作ってくれているだろうという期待があった。大学の講義などで、ヘッドホンを付けなければならない場面が私の人生の中で2,3度はあったが、そのたびに頭が痛かった。私の頭の形がどんなのかはしらないけど、とにかく頭が痛くなるのは嫌やだった。

店ではとても丁寧に対応してくれた。即断即決で買うつもりだったが、親切にも自分のスマホを使ってノイキャン機能を試させてくれた。Bluetoothを使ったことのない私であったが、丁寧に設定してくれた。感想としては、まるで水の中にいる感じである。静かなコーッという音が聞こえる。飛行機の耳鳴りのようなキーンという音もかすかに聞こえる気がする。はじめての体験だったので、あまりの静かさに驚いた。ヘッドホンを外すと、とても大きなエアコンの音が私の耳に押し寄せてくる。生まれて初めて、自分を取り巻く雑音の存在に気づくことができた。

レジの人も日本語を話してくれた。1年保証は日本?香港?と聞かれた。日本でとお願いした。しばらく香港に滞在するものの、もし壊れたとしても日本に帰ってから対応すればいいと思った。次に、日本の中における保証の場所は?と聞かれた。東京、大阪、沖縄の3つから選ぶ。なぜ、沖縄なのかと思ったが、SONYなりの作戦があるのだろう。とりあえず、東京にした。
通常価格2890HKDのところ、特別価格2690HKDで買うことができた。Boseの価格に対抗しているのだと思う。ソニーストアに行く直前に、SONYBoseのサイトで香港価格を確認していたのだが、BoseSonyより200HKDほど安かった。正直安くない買い物なので、私の足はBOSEに向きかかった。しかし、SONYとの義理を果たすべく、旺角駅に向かった私の判断は結果的に正しかった。
前々からノイズキャンセリング機能に興味はあったのだが、4万円という価格に圧倒されて、買うのをためらっていた。それでも、購入を決断したのには2つの理由がある。

(i) 1つは都会の騒音が私の想像をはるかに超えて激しいものだったことである。幸か不幸か私はこれまで都会で生活をしたことがなかった。香港で人生で初の都会暮らしを経験している。都会はいろんな音に溢れている。人と物が多いから当然である。私はいわゆる脳筋的な発想をしがちなので、騒音など心を無にすればなんとかなると思っていた。しかし、それは大いなる誤りであった。ストレスを受け止める器というものがあって、私の器は小さかった。器が小さければ、不必要なストレスを日常生活からなくすというのが合理的な発想である。田舎の人から見ると、東京の人には心がないように見える。これは自分の器に入り込むストレスを少なくしようとしているためにあのようになるのだと個人的に思っている。
(ii) もう一つの理由は、インドに行ったときに、機内のインド人のほとんどがノイズキャンセリング付きのヘッドホンをしている光景を見たことである。見るからに Indian successor という感じの人々が皆々ノイズキャンセリングイヤホンをしている光景はそれはそれは見事であった。
ノイキャンの感想:

家から電車に乗って職場までヘッドホンを使ってみた。さすがに電車の中で無音を期待するのはおかしい。電車の中でも捕縛できない周波数があるようだ。インバータの音だろうか?エアコンの音だろうか?あと、時系列的に騒音が定常であるときにノイズキャンセリング効果が高くなる気がする。

外出時にヘッドホンをするかという問題についてである。ふいに雨が降ってきたりして、壊れたりするのが嫌である。なので、仕事のときだけでいい気がする。
あまりにも静かなところになれていると、音楽を聴きながらもずっと耳がキーンとなる。これは耳音響放射という現象らしい。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%B3%E9%9F%B3%E9%9F%BF%E6%94%BE%E5%B0%84
内耳が音を発しているらしい。比較的最近に発見された現象である。なかなか興味深い現象である。他の人はこのキーンという音を近くしているのかどうか、自分には知る由もないが、少なくとも自分はキーンという音が気になって仕方がない。耳音響放射も消してくれれば完璧であろう。しかし、人間は静かなところにほおっておくと自然とキーンという音を感じるように設計されているのであるから、耳音響放射すらなくなってしまったら、人間を超えることになるので、それもまた不思議な感じがする。
ヘッドホンをこれまでの人生で長期間付けたことがない。頭が大きいので、いつも痛くなってしまうからだ。幸いSONYのヘッドホンはよくできているので、頭が痛くなることはない。しかし、それでも2時間くらいぶっ通しでつけていると頭が痛くなった。でも、集中はかなり続いたので、大変効果があった。ヘッドホンを外しても集中が持続している。また、集中が途切れた時に休憩をして、再度集中モードに入るときに儀式的にヘッドホンをつけることにしよう。

ヘッドホンをつけて通学。まぁまぁ騒音が聞こえるが、電車がうるさすぎるんだろう。路上などは見事。たまに中断音が鳴ったり、ノイキャンがなくなるのは何なんだろうか?オフィスでのいきゃんを付けると予想以上に静かになった。自分の世界に入ることができる。オフィスなんて静かなもんだろうと思っていたが、ヘッドホンを外してみて驚いた。とてつもなくうるさい世界だった。

香港ではノイズキャンセリングヘッドホンはとてもおすすめである。4万円で耳がストレスから解放されることの意味はとても大きい。