湯どうふ

研究留学をしていて思ったこと

いろいろあって、今、研究留学をしている。

語学留学ではないので、日本人同士で固まることも、ワーホリの人に会うこともない。そもそも現地の日本人にまだ会っていない。学部・修士でよくあるような、プログラム型の交換留学でもないので、講義を履修することもない。「訳あって、留学することになった」と、日本でいろんな人に話すと、決まって、上のような感じの生活を思われて、働いている人からは「いいなー」と言われるし、そんな感じの留学をしていた人からは、彼ら自身の経験に基づくアドバイスを受ける。

研究留学とは"海外"で"研究"すること

研究留学って何なのか?正直よくわからないまま、渡航してしまったが、要するに海外で研究をするということである。受け入れ先の研究室の教授に研究の進捗を報告して、コメントをもらったり、ほかのPhDの学生と知り合って、仲良くなったりしている。

研究自体は、海外に来たからと言って、日本にいたときとやり方が変わるわけではない。そもそも、日本にいるときから、海外の論文を読んで、論文は英語で書いていた。でも、うすうす気づきつつあるが、研究留学のメリットは、超一流の研究者がまわりにわんさかいて、定期的に受入教員から意見をもらえるということだろう。

基本的には、研究留学といっても、それに尽きると思う。なあんだ。。。そんなもんか。。としょぼくれる必要は全くない。むしろ、日本にいたときから、自分自身がグローバルな仕事を知らず知らずにしていたことに気づくべきである。これがもし、杉並区役所で戸籍係をしていた人が、急遽ロンドン市南区役所(あるのかしらないけど)に派遣されて、住民手続き関連の業務を任される、というようなことはないのである。

PhD candidateがたくさんいる

あとは、PhDの学生が周りにたくさんいることも、メリットである。研究をはじめて、5年目になるが、日本では研究について、まじめに日常的に議論できる"意識の高い"学生は、周りにいなかった。日本人で博士課程に進学しようというのは稀中の稀であるので、仕方ないことというよりは、そのような現状は当たり前のことだと思っていた。

日本だと博士学生は物理的にも、精神的にも孤立しがちである。博士学生はまわりに誰もいないし、もしいたとしても留学生である。住民が自分一人しかいない、ひょっこりひょうたん島に5,6年住み続けるようなものであり、ただの修行である。高野山の山の中で修行している僧侶ですら、同期がいるというのに。特に"いい大学"を出た同期は、"いい会社"の入社2~4年目だったりするので、それなりにお金もたまり、楽しそうな暮らしをしていて、より自分自身の修行感が強くなる。

一方、ここでは分野が違えども、PhDの学生がわんさかいて、みんなで昼ご飯を食べたり、ディナーに行ったり、海外に旅行に行ったりしている。たぶん、博士課程以外の多くの娑婆においては、"普通の"日常風景であるが、日本で5年間にわたり、精神修行をしていた私にとっては、それだけで別世界のように思えるのである。

マイノリティーになる経験

あとは自分自身が圧倒的マイノリティーになる、という経験をすることはとても重要である。これは海外生活全般でいえることである。私の場合、生活基盤の立ち上げと気候への適応に、ものすごく時間がかかった。今いるところは、英語が通じないところなので、研究室の友人に通訳を頼みながら、お願いするしかない。

私の場合は留学請負会社にお金を払って、来ているわけではない。支払ったお金の対価として留学というサービスを受けているわけではない。また、所属する大学と受入大学との間の交換プログラムに参加しているわけではない。交換プログラムに参加している場合、渡航前後の事務手続きなどは、大学の留学窓口を介するのが一般的である。さらに、私は渡航先の大学の正規の学生ではない。通常、大学が学生に提供する情報というのは、正規の大学向けのものなので、私のような中途半端な存在が利用可能な情報はあまり表に出てこないことが多い。そのため、かるたをするように、一つ一つ自力でカードを裏返しにしていって、確認するほかないのである。

つまり、いろいろな点でマイノリティーなのである。幸いにも辛さを感じることはなく、おもしろいなと日々感じている。ただ、いろいろ面倒くさいことが多いなとは日々思ってはいるが、社会が面倒くさいことであふれていることは日本にいたときから変わらない。