湯どうふ

ふるさと納税はいろんな意味でしたほうがいい

  • ふるさと納税は本来の政策意図とはずれている
  • 利用するもの利用しない者との間には損得の差が存在する
  • 損得の差がある以上、返礼品目的のふるさと納税は否定できない
  • 本来の政策意図を実現したいのならば、はっきりとした制度の変更が必要

金融の世界では「国策に乗れ」という格言がある。政府が何らかの意図を持って、政策を行うとき、市場に歪みが生じ、多くの場合、投資家の利益になる。最近では、NISA、IDECOなんかがそうである。

ふるさと納税もまさに税制における、乗るべき国策である。勘違いされるが、厳密な節税ではない。税という観点では、政府への支払いは増える。でも、本来所得税として納めるべき分を、多くの自治体では、返礼品として、現物支給として納税者に還元されるのである。

返礼品は社会問題になっている。本来の制度の趣旨とは異なることが指摘されている。総務省自治体への自制を呼びかけているが、その効果は不明である。

自治体による返礼品の購入により、地元の生産者が直接潤い、それが自治体内の経済に波及すればハッピーな話である。しかし、税の還元はもっと大きなスケールでなされるべきであり、特に市場の外の世界に還元できるのが、税のメリットである。このように、ふるさと納税は、社会厚生の観点で問題があり、制度は是正されるべきである。

でも、ふるさと納税はお得なので、するべきだと思う。矛盾しているかもしれないが、今のように、ふるさと納税の過度な返礼品を控えるように呼びかけるという、日本の阿吽の呼吸に基づく解決手法では、これまでもこれからも自体は改善されない。

過度な返礼品の自治体にふるさと納税をすることを自粛する雰囲気が出ることを社会に期待して、総務省が世論を動かそうとしているならば、その手段は時代遅れである。

昔のように同調圧力が強い時代であれば、阿吽の呼吸で社会が動いたのかもしれない。しかし、日本の同調圧力のために、苦しんだ人、生まれた不幸も多い。

政府は、納税者の合理的判断に基づく行動を直接変えるような政策を取らねばならない。