湯どうふ

『秘境西域八年の潜行 抄』を読む

 

秘境西域八年の潜行 抄 (中公文庫BIBLIO)

秘境西域八年の潜行 抄 (中公文庫BIBLIO)

 

 戦時中、鎖国状態のチベットに単身潜入した日本人がいた。本書はその西川一三によって書かれた。

知らなかったが、当時の日本は中国の周辺民族と協和して、漢民族と対峙しようとしていたらしい。長い中国の歴史では、漢民族と周辺の民族が何度も衝突を繰り返している。今度の戦争でも、周辺民族と漢民族が衝突すれば、日本に有利にはたらくと考えていたのだろう。

西川一三は中国北方の内陸部で、現地語などの教育を受けた。日本人はチベットに入ることができなかったので、モンゴル人の僧侶として、チベットに潜入したらしい。当時は、昔ながらの鎖国を続ける国がまだ存在した。少し前に日本でも話題になったブータンも戦後まで鎖国政策をとっていた。(戦後、鎖国中のブータンで遷都が行われたのだが、その事実を世界で初めて確認したのが、特別にフィールドワークを許されて、ブータンを訪問した大阪府立大学の植物学の先生だったという話も聞いたことがある。)

西川は東から西へとチベットに潜入した。これは、日本人で初めてチベットに潜入した川口慧海とは逆である。西川はチベットを脱出する際には、インド方面へと抜けた。

 

河口慧海日記 ヒマラヤ・チベットの旅 (講談社学術文庫)

河口慧海日記 ヒマラヤ・チベットの旅 (講談社学術文庫)

 

 西川は書き物によって、チベットでの見聞を残すことができなかった。そのため、驚くべきことに、すべての見聞を記憶として残した。戦後、日本に戻った時に、GHQに何日にもわたる聴取を受け、膨大な量の供述を残している。

安易な感想であるが、昔の人をみると、人間の可能性は現代の尺度では測れない。